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<幸福の科学根本教義批判>

第二章「知の原理」批判
 
「疑い」の禁止-永遠の「受験勉強」の世界

 最もまずい点は、「疑う」ということを禁じている点である。「疑い」は知の端緒であり、科学の根本でもある。

 例えば、かのデカルトは、世界の全てを疑った。自分自身の存在をも疑ったが、それでも、疑っている者それ自身を否定することはできなかった。それで、「コギトーエルゴースム(我思う、故に我あり)」と言ったのである。そして、その次に神の存在証明をやった。神の存在ありきではなかった。

 このように、「疑う」ということは、信仰の前にあるものである。人間の根本と言ってもよい。

 しかるに、幸福の科学では、「疑」を仏教の「心の五毒」のうちの一つとして取り上げ、信者に対して仏法真理(再誕の仏陀である大川隆法の説く法)を疑うことを禁じている。それで、毎年、「仏法真理学統一試験」などというものをやっている。

 この「疑ってはならない知」というのは、よく似たものが現代にもある。何かというと、それは受験勉強に於ける「知」である。受験勉強では、教科書通りに記憶したり、教科書通りに解くことが全てであり、疑うことは失点を意味する。例えば、受験勉強に於ては、南京大虐殺があったことを疑ってはいけないし、「戦後の国詰国字改革が間違っていた」などと批判してはいけない。幸福の科学に於て仏法真理を疑っていはいけないのと構造は同じである。受験では教科書に書かれてあることが絶対であるし、幸福の科学では「経典」に書かれてあることが絶対である。それに対して異議を唱えると、受験では点数を引かれ、幸福の科学では活動できなくなる。
 
 大川隆法という人は、どうも、受験勉強というものに大変なコンプレックスがあるようである。それは、五十歳を過ぎてもなお、教団のトップでありながら、自らの手で英単語集など受験参考書を編纂するという異常性にもなって現れている。未だに受験勉強をしている気分なのではないだろうか。

 幸福の科学では、「仏法真理学統一試験」の他にも、「初級セミナー試験」、「中級セミナー試験」、「上級セミナー試験」、それから「研究員試験」とあり、出家者(幸福の科学職員)にもそれぞれの段階に応じて資格試験がある。ここでも疑うことは禁じられていて、仏法真理に基いて論じるだけである。「法」に対する批判などは絶対に許されない。大川隆法に対するイエスマンを量産するためだけの仕組が出来1 がっている。
 
 ここで、他の先達との比較をしてみる。

 大川隆法の思想的な先輩である高橋信次は、常々「私を疑って、疑って、それでも疑いきれなくなったら信じなさい」と言っていた。

 同様のことは、スピリチュアリズムの先達であるシルバーバーチも言っている。
 
 そもそも霊的交信なるものの目的は人間の批判的能力を殺いで盲目的に受け入れることではない。また、新しい宗教をこしらえたいという願望から行うものでもない。霊的啓示というのは固定されたものではなく、常に進歩的で、受け入れる人間の側の能力一つに掛かっているからである。

 さて、シルバーバーチは常に人間の理性に訴えることを主義としている。従ってもしもその言説の中に読者の理性が納得しかねるものがあれば遠慮なく拒否するか、さらなる証明が得られるまで留保すればよい。(『シルバーバーチは語る』前書き)云々と。このように、二者とも疑うことを禁じていないし、信仰を強要してもいない。

 ところが、大川隆法は高橋信次を否定して、「疑の心は悪魔の心である」、「とにかく我を信ぜよ」ということを言い出した。

 「知の原理」を説くならば、「疑う」ということを禁止してはならなかった。疑うことを禁じている現在の幸福の科学に、本当の「知」はあろう筈もない。

 大川隆法は、読書量だけは豊富なので、色々な書籍から継ぎ接ぎで、部分的には「良いこと」を言っている。しかし、トータルとして大川隆法が何かを悟っているわけではない。大川隆法の「知」は、全て机上の空論であって、実践が伴わず、口で言うだけである。

【教義批判一覧】
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<「愛の原理」批判>「見返りを求めない愛」という言葉の問題点
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<「愛の原理」批判>「愛する愛」について
<「愛の原理」批判>「生かす愛」について
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<「愛の原理」批判>エーリツヒーフロム氏の説との比較
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<「知の原理」批判>「疑い」の禁止-永遠の「受験勉強」の世界
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<幸福の科学根本教義批判>大川隆法の霊的真実を探る まとめ


【転載元】幸福の観測所 http://antikkuma.hatenablog.com/
【著作者】TSI研究会(UMA)
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