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<幸福の科学根本教義批判>

第六章 幸福の科学の信仰のあり方批判
 
 以下の文章は特に重要で本質を突いた批判だと思う。この部分だけでも広く信者の方や職員の方には読んで貰いたい。
 
大川隆法と信者の関係は、サド-マソの関係である
 
 まず、エーリツヒ・フロム著の『愛するということ』という書籍より抜粋。
 
 「愛」と言ったときに、実存の問題にたいする成熟した答えとしての愛のことを指しているのか、それとも共棲的結合とでも呼びうるような未成熟な形の愛のことを言っているのか。以下の記述においては、前者だけを愛と呼ぶつもりだが、まず後者の「愛」に関する議論から始めよう。
 
と前置きして、「未成熟な愛の形」(つまり、「偽物の愛」)の例を挙げている中の一つに、マソヒスティックな「愛」とサディスティックな「愛」の事例を挙げている。
 
 共棲的結合の受動的な形は服従の関係である。臨床用語を使えばマゾヒズムである。マソヒスティックな人は、堪えがたい孤立感・孤独感から逃れるために、彼に指図し、命令し、保護してくれる人物の一部になりきろうとする。その人物はいわば彼の命であり酸素である。彼が服従する者が人間であれ神であれ、その者の力はふくれあがる-彼はすべてであり、いっぽうの私のほうは、彼の一部だという点を除けば、無である。ただ、私は彼の一部であるから、偉人さ・力・確実性の一部でもある。マソヒスティックな人は自分で決定をくだす必要がないし、危険をおかす必要もない。彼はけっして一人ぼっちにはならない。しかし、彼は独立しているわけではない。人格が統一されていない。いわば、まだ完全には生まれていないのだ。宗教の場合は、崇拝の対象は偶像と呼ばれる。マソヒスティックな愛情関係という世俗的文脈においても、本質的なメカニズムはやはり偶像崇拝である。
 
 以上が信者の側の心理である。マゾヒズムに対する教祖側(教団の支配層側)は、当然、サディズムである。
 
 共棲的結合の能動的な形は支配である。マゾヒズムに対応する心理学用語を用いれば、サディズムである。サディスティックな人は、孤独感や閉塞感から逃れるために、他人を自分の一部にしてしまおうとする。自分を崇拝する他人を取りこむことによって、自分自身をふくらます。
 マソヒスティックな人がサディスティックな人に依存しているのに劣らず、サディスティックな人も服従する人物に依存している。どちらも相手なしには生きてゆけない。両者のちがいは、サディスティックな人は命令し、利用し、傷つけ、侮辱し、マソヒスティックな人は命令され、利用され、傷つけられ、侮辱される、というだけだ。表面的にはかなりちがうが、より深い感情面では、両者の相違点は共通点よりも小さい。その共通点とは、完全性に到達しない融合という点である。
 
 幸福の科学では、近年、このようなサドーマソ的関係の信仰を強く主張してきている。2007年あたりから特にその傾向が見られ、「従順」とか「服従」とかいうことを言っている。「主なる神(エルーカンターレ=自分)を愛せよ」ということを、繰り返し説いてきている。
 
 高橋信次の正体をエンリルと決めつけ、「崇り神」だの「レプタリアン」だの言っているが、その後の行動を見ると、大川隆法自身が崇り神的でありレプタリアン的なのである。
 
 さて、再びエーリツヒーフロム著『愛するということ』に戻る。フロム氏は、主にユダヤ教等中東の宗教の歴史を観察し、以下のように述べている。
 
 人間の進化は、母親中心的な社会構造から父親中心的なそれへと移行し、宗教もまた同じ道をたどったので、愛の成熟過程は、おもに父権的な宗教の発達のなかに跡づけることができる。この発展の最初には、横暴で嫉妬深い神がいた。この神は自分の作った人間を自分の所有物とみなし、人間にたいしては自分の好き勝手なことをする。(中略) だが同時に新しい段階が始まる。神はノアと契約を結び、二度と人類を滅亡させないと約束する。この契約によって神もまた縛られる。神は自分の約束に束縛されるだけでなく、正義という自分の主義によっても束縛される。(中略)
 こうして神は、横暴な部族長から、愛する父親へ、そして自分の決めた規律に自分も縛られる父親へと変わったが、発達はれにとどまらなかった。すなわち、神は父親からさらに、正義・真理・愛という原理の象徴となった。神こそが真理であり、正義である。この発達段階で、神は人間であること、男であること、父親であることをやめた。神は、さまざまな現象の背後にある統一原理の象徴となり、人間の内にある種子から育つであろう花を象徴するものとなった。したがって神は名前をもつことができない。なぜなら、名前というのはつねに物とか人間とか、何か限定されたものを示すからである。神は人間でも物でもないのだから、名前をもてるはずがあろうか。
 
 
 文明の進歩に伴って、「神」の概念が、人格神から非人格神へと進化してきた、ということである。神に「エルなんとか」という名前がある筈がない。さらに続けてこう言っている。
 
 いうまでもなく、人間の姿をした神から、純粋な一神論原理としての神への進化は、神への愛の性質を一変させた。アブラハムの神は、父親として愛されることもあれば、恐れられることもあり、ときには罪を許す面が、ときには怒りが、前面に出る。神が父親であるかぎり、私は子どもである。私は全知全能への自閉的な願望からすっかり脱却できていない。私はまだ、自分の人間としての限界や、自分が無知無力であることを認めるだけの客観性を身につけていない。私は子どもみたいに言い張る-私を救い、見守り、罰する父親がいるはずだ、と。その父親は、私か従順であれば私を好いてくれ、私か讃えれば御機嫌になり、私か言うことを聞かないと怒る。
 あきらかに、ほとんどの人はその人格の発達において、この幼児的な段階を脱していない。したがって、ほとんどの人にとって、神を信仰するということは、助けてくれる父親を信じるという子どもっぽい幻想なのである。このような宗教概念は、何人かの人類の偉大な師たちや、ごく少数の人びとによって克服されたにもかかわらず、いまだに宗教の主流をなしている。
 
 この原著は、大川隆法が生まれた年である1956年に書かれたものである。これがそのまま大川隆法批判になっている。大川隆法の説く「信仰」は、父権的な神のイメージから脱していないし、サドーマソの関係から脱していない。大川隆法は、かなりの読書家のようであるが、いったい、何を学んできたのだろうか。

【教義批判一覧】
<幸福の科学根本教義批判>はじめに
<幸福の科学根本教義批判>大川隆法の思想の源流
<「愛の原理」批判>「愛を説いているのに愛がない」という不思議
<「愛の原理」批判>奪う愛から与える愛へ」というスローガンの問題点
<「愛の原理」批判>教義に欠けた「母性愛」
<「愛の原理」批判>「人を愛し、人を生かし、人を許せ。」という言葉の問題点
<「愛の原理」批判>「見返りを求めない愛」という言葉の問題点
<「愛の原理」批判>「愛の発展段階説」に関する考察
<「愛の原理」批判>「愛する愛」について
<「愛の原理」批判>「生かす愛」について
<「愛の原理」批判>「許す愛」について
<「愛の原理」批判>エーリツヒーフロム氏の説との比較
<「愛の原理」批判>まとめ
<「知の原理」批判>「疑い」の禁止-永遠の「受験勉強」の世界
<「知の原理」批判>大川隆法の「大悟」とは何か
<「知の原理」批判>「霊界次元構造説」や「魂の兄弟理論」について
<「知の原理」批判>「七」は勝利の数であるか
<「反省の原理」批判>反省を説いているのに反省がない」と言われる不思議
<「反省の原理」批判>「予言」が外れても反省しない
<「反省の原理」批判>選挙で現実を突きつけられても反省がない
<「反省の原理」批判>「反省からの発展」とは何だったのか
<「反省の原理」批判>ユング心理学から見た幸福の科学的「反省」に関する考察
<「発展の原理」批判>根抵にある「自助努力」の教え
<「発展の原理」批判>「Think Big!」という思想 
<「発展の原理」批判>「幸福の科学・没落の法則
<「発展の原理」批判>まとめ
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<幸福の科学根本教義批判>「エルーカンターレ」という呼称について
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<幸福の科学根本教義批判>大川隆法の過去世についての概論
<幸福の科学根本教義批判>「ヘルメス」の真実の姿
<幸福の科学根本教義批判>大川隆法が再誕の仏陀であっても構わない
<幸福の科学根本教義批判>ヘルメスと同一視されるルシフェルとサナトークマーラ
<幸福の科学根本教義批判>大川隆法の霊的真実を探る まとめ
 
【転載元】幸福の観測所 http://antikkuma.hatenablog.com/
【著作者】TSI研究会(UMA)

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